| 仏像・文化財 |
年代 |
解 説 |

木造薬師如来立像
≪県指定有形文化財≫
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平安時代
初期 |
檀特山小松寺の御本尊
像高147、3cmを計るほぼ等身の立像である。
体奥が極端に薄く、やや首を曲げ頭部を前方に突き出す側面が特徴的。左手に薬壺を持つ。県内木彫仏では最古の像で、制作は1100年以前の平安初期に遡るとされる。
本薬師如来立像は秘仏として保管されている。 |

十一面観音菩薩座像
≪国指定重要文化財≫
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鎌倉時代
初期 |
像高61、5cmを計る鋳銅製三尺坐像。
珍しい四臂の十一面観音像で、宝髻を結い、頭上に十一の菩薩面を載せ、宝髻頂上に仏面ひとつを頂く。秀でた眉に切れ長の目を持つ温顔。顔の輪郭は丸みを帯び、引き締まった表情を持ちながらも、全体的には温和で可憐な趣が勝る。
東京国立博物館に保管されている。 |

梵鐘
≪県指定文化財≫
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南北朝時代
応安7年 |
高さ122、7cm
大工山城権守 宗光 作
高階家吉正氏に寄進されたもので、「為千代若丸(ちよわかまるのために)」と記されている。
中世のものとしては、県内で最大級の梵鐘。
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不動明王立像
≪町指定文化財≫
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平安時代
中期 |
像高は等身やや小の139cm
髪を頭頂にすき上げ、いったん花結びのようにし、さらにその先端を弁髪として左肩に垂らす髪型が特徴的。体軸はバランスがとれ引き締まり、腰裳に現された紐を貼り付けたような並行の衣文線も造形上のアクセントになっている。
現状は毘沙門天立像と共に、本尊薬師如来像の脇侍となっている。 |

毘沙門天立像
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平安時代
後期 |
像高155、9cmを計る等身の立像。
五束に結ぶ垂髻の形状、動きの少ない体勢、比較的控えめな憤怒相である。
不動明王立像とともに本尊薬師如来立像の脇侍となっている。
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御前立薬師如来立像
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平安時代
後期 |
像高169、8cmを計る等身の如来立像。
木造薬師如来立像と細部に一致する点があり、当初から御前立尊としてならって造像されたと考えられる。
現状は秘仏として保管されている。
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役の行者半跏像
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鎌倉時代
前期 |
坐高約75cmを計る等身やや小の半跏像。
面貌の写実的表現は見事で、山岳修行者の持つ神秘性を、尊像としての品格を失わずに具現化している。
通常、役行者像といえば、長頭巾をかぶり、顎鬚を伸ばし、僧衣に袈裟を掛け、右手には錫杖を持ち、高下駄を履いて、磐座に腰掛ける姿が一般的である。また、二鬼を伴う場合が多い。
当像は、草履を履いている点、右足を下した半跏像である点、右手に経巻、左手に蓮華を持つ点、また二鬼像を伴わない点で特異である。山岳信仰の歴史を物語る貴重な一体といえる。
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聖観音坐像
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平安時代
中期 |
像高65、1cm
上腕部から天衣まで1本から彫出する徹底した一本造りの像。
現状は聖観音像といえるが、両肘先が後補であることから、当初は他の尊格(例えば大日如来像)であった可能性もある。
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如来形仏頭
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平安時代
後期 |
残高62、2cm
檜の良材を使用して造られており、優れた像容などから、名のある仏師の作品と推定される。当初は頭体幹部一本であったと思われ、割首をした跡が首に残っている。半球状の肉髻を高く大きく表し、粒の細かな螺髪が整然と刻み出されている。目鼻立ちは柔らかく彫出されている。
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金剛力士像頭部(阿形)
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平安時代 |
残欠総高48、7cm
眉を逆八字に怒らせ、目尻を吊り上げて割目した威怒相。口を大きく開けて歯と舌を見せている。また、目尻に幾筋もの皺を現しているのが特徴的。頭部と体部が別材で構成され、面部の造作をわずかに左右対称を崩して表現されている。さらに、髻元には釘で何かを留めていたと思われる痕跡がある。
当初は総高250cm前後の金剛力士像であったと推定される。
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十二神将立像
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鎌倉時代
後期 |
像高90cm弱程の三尺立像。
珊底羅(サンテラ)
迷企羅(メキラ)
安底羅(アンテラ)
伐折羅(バサラ)
額儞羅(アニラ)
宮毘羅(クビラ)
毘羯羅(ビカラ)
摩虎羅(マコラ)
招杜羅(シュウトラ)
波夷羅(ハイラ)
真達羅(シンダラ)
因達羅(インダラ)
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吉祥天立像
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平安時代
後期 |
像高90、7cm
県内では数少ない吉祥天像として誠に貴重な一体。
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不動明王立像(小)
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平安時代
初期 |
像高96、2cm
眉を逆八字に怒らせ、肩はいかり肩で体幅は比較的広く、腹奥が大きい。左耳辺では髪を二束に分け、左耳の上半分を露出させているなど、個性的な作例である。
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